モーム『月と六ペンス』

<概要>

イギリスの作家であるサマセット・モーム William Somerset Maugham(1874-1965)によって、1919年に出版された小説です。

屋号である「月と六ペンス」は、この小説から取らせていただきました。

『月と六ペンス』は画家のゴーギャン(1848-1903)の生涯をモデルにしたと言われていますが、ゴーギャンを完全な伝記ではなく、ゴーギャンの生涯を参考にした、モームの創作したストーリーと言えます。

題名の「月」は、夢や理想を象徴し、「六ペンス」は、現実を象徴すると考えられています。

(ペンスはイギリスの最低通貨単位です。日本で言えば、1〜2円ぐらいです。)

つまり、「理想と現実」を描いた小説です。

 

作者であるサマセット・モームは作家としての活動をする傍ら、医師資格を取っていて、第一次世界大戦時には軍医として従軍していました。またその後、第一次世界大戦、ロシア革命時には、イギリスの諜報機関に所属し、諜報活動(いわゆるスパイですね!)をしていました。しかし激務のために健康を損ない、スコットランドのサナトリウム(療養所)での療養中に『月と六ペンス』を執筆したと言われています。

出版後、アメリカでベストセラーとなり、世界的名声を得ることとなりました。

まさしく、モームの代表作と言えるのがこの『月と六ペンス』です。

日本語訳でも様々な出版社から出版されています。

 

※ゴーギャン(1848-1903)……フランスの画家。一時期、ゴッホと共同生活をしていたこともあります。一度訪れたタヒチに魅せられ、晩年はポリネシアのマルキーズ諸島に渡り、生活をするようになります。またその地で人生を終えました。当時においては独特な作風であったため、存命中はゴーギャンの作品が高く評価されることはありませんでしたが、死後次第に評価されるようになりました。 

ゴーギャン/我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか(1897-1898)ボストン美術館所蔵
ゴーギャン/我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか(1897-1898)ボストン美術館所蔵

<あらすじ>

作家である「わたし」は、ある夕食会でストリックランドという男性と出会う。証券会社で働く、いわゆる普通の男性であったストリックランドは、ある日、仕事も家族も捨てて、行方をくらませてしまう。

パリにいるという知らせを聞き、ストリックランドの夫人からの依頼でパリで再会をした時、彼が全てを捨てて画家になる決意をしたことを知る。ストリックランドはそれまで絵を描いたこともなかった。

とても嫌な人間のストリックランドとは疎遠となっていたが、ストリックランドの死後、「わたし」が旅で訪れたタヒチでストリックランドの晩年を知る。

 

<感想>

私がこの作品を読んだ時にまず感じたことは「芸術とは何か」ということでした。

この作品自体が、芸術や小説に対する問いかけのように思えてなりません。

モームの書く文章は非常に読みやすく、感情移入がしやすい文章です。

また極端に難しい言葉は書かれていませんが、本質を問いかけるようなストーリーになっています。

ストリックランドは「あるもの」を描きたいがうまくいきません。

また評価されることもありません。

お金を得るために「売れる絵」を書くこともしません。

ただただ自分が描きたいもの、描かなければいけないものを描きたいだけなのです。

彼にとっては世間に認められること、裕福な生活をすることが目標なのではありません。

自分が描きたいものを完成させること、それが目標、「理想」なのです。

 

多くの人は、夢や理想があっても、現実に迎合していきます。

所詮は理想や夢でしかない、と現実と折り合いをつけて生きています。

夢や理想、信念を捨てなければならない場合も多くあります。

しかし毎日仕事や時間に追われ、ただただ過ごす日々が、真の満足を与えれくれるとは限りません。

 

語り手である「わたし」も、表現者として自分が追い求めたいもの、突き詰めたいもの、それだけを進んで追い求めるストリックランドに対しての羨望が見え隠れします。(私が読んだ限りでは)

 

私自身は現実に迎合していきているタイプです。

大した才能もない、凡人でしかありません。笑

生活を捨てることもできない、臆病なものです。

もちろん、これが間違っているとは思いません。

それが普通です。

しかし私が本当に大切と思っているもの、大事にしたいものは決して失いたくないと思っています。

ただ日々生きていると、だんだん流されて忘れて行きます。

大事なものが見えなくなった時、日々の生活がしんどくなった時、なんだか迷ってしまった時。

そんな時に、この作品を手にとっていただければと思います。


また、様々な人物が語る「ストリックランド」は、それぞれ異なっていて、実態がつかめない、というところがとても魅力的ですね。

現実に私たちもそうだと思います。

周りの人が語る「私」は、おそらく色んな顔を見せてくれると思います。

その不安定さというか、捉えどころのなさが「人」の魅力だろうな、と思わされます。


私はこの小説を読んで、とても前向きになれました。

この小説と出会って良かったと心から思います。